山崎英明(ex. School Food Punishment / siraph) 「歌」に絡みうねる、フレージングの理由。

2016年11月8日


山崎英明03
 
「絶対このバンド、おれのベース合う」と思って。絶対、おれ良いよって。
 
― 専門学校に入ると、「アシッドジャズとか聴いてるのがカッコいい」みたいな風潮とかがあると思うんですけど。
 
山崎:あったあった。(そういう風潮が)全然つまらなくて。
 
― じゃあそういったところにコンプレックスを感じたりとかは無かったんですね。
 
山崎:無かったですね。でも本当に色んなものを何も知らなかったんだなって思います。何も情報源が無かったんで。まだインターネットが普及し始めた頃だし、その頃東京に出てきたからにはベースやるからテレビなんか要らねえみたいな感じで(笑)。みんな色んな音楽を漁っていたりしたけど、そういう癖が無くてなかなか出来なくて。
 
― その時点で、何かをコピーして取り入れるというよりは、自分で作ってしまおうという考えだったんですか?
 
山崎:うん。迷いながらだけど何となくそういう感じだったし、たまに好きって思う人をギュっと凝縮して。だから小さい窓口から小さいものを拾っていただけみたいな(笑)。
 
― 「幅広く聴いて少しずつ吸収していくのが重要」とされていたりテクニックとして言われることが多いし勿論それも正しいとも思うんですけど、山崎さんは色んな人と逆ですよね。「いや、俺はこうだから」って。頑固とは少し違うと思うんですけど・・・。
 
山崎:いや、頑固だと思うよ(笑)。
 
― 頑固というのが、「これしか出来ない」、「ルート弾きしかしない」みたいな頑固さではないじゃないですか。柔軟な中でそのコードを膨らませていく感じとか。以前のセミナーでも話されていましたけど、山崎さんのフレーズを作るのは作曲に近いんだなと思って。フレーズを作る編曲のようになっていますから。
 
山崎:だからたぶん体力使うんですよ(笑)。時間も。
 
― 11月17日(木)の「ベースの日 Special Live!」では、その場でセッションしてアドリブでバトルしていく楽しさもあるんですけど、山崎さんのオイシさってそこじゃ無いんだと思うんです。
 
山崎:ほんと申し訳なくて、そういう意味で(笑)。
 
― 僕はアドリブが出来るのがすごいこと、出来なきゃいけないことなんだって言われることが「いや、そんなこと無いよなあ」と思っているんです。クラシックの人たちがみんなアドリブで弾いてる訳ではないですし。譜面の中の表情をつけていくことをやっているので、作り込んで行って表現するっていう山崎さんのやり方はクラシック的な考えですよね。
 
山崎:完全にそうですね。おれ、そういう勇気無いなって思うから。アドリブとかセッションとかをやってきてないから。どこかでそいつらに勝つには、違うところで頑張るしかない、みたいな(笑)。
 
― それを突き詰めているのがすごいなと思います。それが出来ないと負け、みたいな風潮も若干あるじゃないですか。そこで自身のやり方で勝ってるというところが素晴らしいと思います。
 
山崎:でも「ベースの日 Special Live!」で、最後に「ちょっと山崎さんもノりなよ」みたいになったら、完全に借りてきた捨て猫か捨て犬みたいになっちゃうから(笑)。「可哀想・・・」みたいになってしまう。
 
― 川崎哲平さんは間逆なんですよね。レコーディングでも事前に曲は聴き込んで行かないんですって。「フレーズとか詰めて行くんですか?」って伺ったら、「昔はやってたけど今は一切やらないです」って。
 
山崎:かっこいい(笑)。スケジュールの関係とかではなくて?
 
― 結局、詰めて行ってもその場でアレンジとかが変わったりするので、その場で要求されたものに合わせていくと。ボサノバっぽいフレーズが来たら、その引き出しを開けて行く作業をしているそうで。それはどっちが良いとかでは無いんですが、山崎さんとは間逆だなと。
 
山崎:いつかそういう技能も欲しいと思うけどね(笑)。そうじゃないと、明日もレコーディング、明後日も別のレコーディングとかになってくると、もう無理だもんね。
 
― 徹夜が続きますね(笑)。その人の個性なので、哲平さんのところに行く仕事が、そのまま山崎さんのところに行くわけでは無いと思うんですけど。出来ないとプロの人は仕事来ないんじゃないかなと思っていたんですが、そんなことは無いんですよね。山崎さんには山崎さんの仕事があると。では話を少し戻しまして専門学校卒業後のバンド遍歴を伺います。
 
山崎:その時は畑くんとscope(※)を。当時は24~25歳くらいかな。ついこないだ(10月1日@大塚Hearts+)、1年4ヶ月振りにライブをやりましたね。当時はインディーズだけど事務所所属で給料ももらって。

(※)scope ・・・1998年、専門学校にて長谷山豪、畑利樹、山崎英明によって結成された3ピースバンド。幾度かのメンバーチェンジを経て、現在はオリジナル・メンバーの3人で活動中。


 
― scopeは一度活動休止になっているんですか?
 
山崎:いや、なんだかんだでscopeっていう名義はボーカル(長谷山豪)が背負う感じになって。メンバーが色々変わりながら続いてはいて、僕も途中で抜けて違うベースが入っていた時もあるし。
 
― ZIGGY的な(笑)。
 
山崎:(笑)
 
― scopeの次はもうSchool Food Punishmentですか?
 
山崎:いや、ワタナベ(※)というバンドがあって。scopeはポップスで良い曲をscopeらしいバンドアレンジでという感じだったんだけど。でも、ベーシストとしてもっとやれるんじゃないかというのを具体化して行ったのがワタナベで。

(※)ワタナベ・・・ボーカル&ギターのワタナベカズヒロを中心としたバンドで、現在は活動休止中。山崎は2004年に脱退。
 
― ワタナベはワタナベさんがやってたんですか?ボン・ジョヴィみたいな感じ(笑)?
 
山崎:そうそう、それで良いじゃんみたいな(笑)。そこでは「それぞれの楽器が戦い合う」みたいな感じでやってて。scopeの当時のギターが辞めてから始めたバンドがワタナベで、おれは途中から入ったんだけど「絶対このバンド、おれのベース合う」と思って。絶対、おれ良いよって。で、ワタナベ脱退後、しばらくバンドはもういいかなって思い始めてて、でも最後に好きな人となんかやりたいと思って。畑くんと、おれと、CONDOR44(現・44th music)の佐々木博史くんとボーカルのnicoさんとでコトホ(※)っていうバンドをやってたんですけど。CDを作ってレコ発をやる時に、新宿MARZでやろうと思って、誰かいないですかって聞いたら、「今、School Food Punishmentっていうバンドが頑張ってるから対バンしてみなよ」って紹介してくれて、レコ発(2008年4月4日)に出てくれて。それがきっかけで打ち上げで「今度スタジオに入ってくれません?」って言われて。

(※)コトホ・・・2007年、nico、CONDOR44(当時)の佐々木博史、東京事変(当時)の畑利樹、山崎英明によって結成。2010年に活動休止。
 
― で、School Food Punishmentに入ることになったと。
 
山崎:コトホの事とかいろいろありましたが、入りましたね。おれが入ってから、インディーズで1枚(2008年12月10日発売「Riff-rain」)出して、次にメジャーでシングル出して行こうみたいな感じの流れにはなってて。入る前にデビューは何となく決まってたみたいだけど、ベースを探してる時期だったみたいで。ベースを探しながらライブしてたみたいです。
 
― 話が遡るんですけど、専門学校時代はまだカワイのロックーンを使用していたんですか?
 
山崎:高校時代にカワイのロックーン5弦を使ってたんですけど、当時ヤマハのポピュラーミュージックスクールのカリキュラムで、「スラップだけ教えてくれ」って言ってスラップだけ習ってたんです。そして、専門学校に行った時に「何の根拠も確信も無く、弦が増えたらもっとすごいことになるんじゃないか」と思って、6弦を買っちゃったの。
 
― その頃(1993~1994年頃)は、6弦を持っている人はかなり少なかったと思うんですけど。ミクスチャーが流行って5弦を使うミュージシャンがようやく認知されていた時期かと思いますが、当時はフュージョンの人がメインで使用しているイメージですよね。その6弦はどこのメーカーですか?
 
山崎:Moon(ムーン)の6弦。MBC-6かな・・・スルーネックで。えらい無茶して定価40万円くらいの。
 
― なのにフュージョンに走らなかった(笑)。
 
山崎:そうそう(笑)。
 
― 本当に歌うって方向だったんですね。むしろジャズ系は?
 
山崎:全然興味無かった。
 
― それはすごいですね(笑)。
 
山崎:結局、専門学校の時に6弦をやってたんだけど、「何で6本やってるんだろう」みたいになって。訳が分からなくなってきて。自分の中での可能性が無かったって途中で感じました。
 
― scopeやワタナベをやり始めた頃の機材は?
 
山崎:scopeは最初5弦でした。6弦の後にG&Lの5弦を買い直して。でもだんだん「ルックスも含めて5本も要らねえな」みたいになってきて(笑)。次は、Sonic(ソニック)の4弦・・・JBかな。
 
― ここでようやくJBが出てくるんですね(笑)。山崎さんというとJBのイメージが強いので。
 
山崎:ここでJBですね。世の中、PBとJBばっかりいっぱいあるので、気になっちゃってその後にSonicのPBを買っちゃいました。当時、高田馬場にSonicを扱ってるお店があって。
 
― 以前メインだった白のJBはいつ頃から?
 
山崎:あれは、School Food Punishmentに入る前かな。おれが31歳の時の誕生日プレゼントで。
 
― School Food Punishmentは、今のスタイルがようやく出てきたあたり・・・いやたぶんずっと変わってないんでしょうけど(笑)。
 
山崎:(笑)。考えていることはワタナベの頃からずっと一緒で。今でも当時のワタナベの音源を聴くと、たまに胸が熱くなるというか(笑)。攻めようとしてるなーって、そこまで頑張らなくてもいいのにやってるけど、どんどん洗練はされてますね。
 
― 山崎さんの攻めは、目立とうとしてる訳ではないですもんね。目立とうとしている人のフレーズの動き方じゃないですから。
 
山崎:ね。おれもそれはすごく思う。動くねーって思う人もいっぱいいるけど、「で?」って思う時もいっぱいありますから。
 
― 目立ちたがりじゃないですもんね。
 
山崎:いや、目立ちたいんですよ(笑)。
 
― オイシイところには行きたい?
 
山崎:そうそう(笑)。「なんかボーカルの次にベースの人もカッコよかったね」って思われたいともどこかではあるんだけど。でもそれが弾きまくるだけの人だったら、つまらないなって常日頃思うんです。
 
― 今でもすごく覚えてるんですけど、School Food Punishmentが終わったくらいの頃に「インストのバンドやればいいじゃないですか」って言ったら、「嫌だ」って仰ってましたもんね。「歌が無いと嫌なんだ」って話されていたのをすごく覚えていて。それだけ上手いんだからインストにしちゃえばいいのにって。
 
山崎:自分の存在意義が・・・どこに心を寄せれば良いのか分からない(笑)。
 

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メジャーの舞台で躍動したSchool Food Punishmentから現在。

 
 

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