Jimmy SAKURAI presents
“米国ROCK紀行” Vol.2

2015年1月20日

みなさん、こんにちは。JimmySAKURAIです。最初のレポートからLed Zepagain来日公演を挟んで年まで越してしまいましたが、みなさんはどんな年末年始を過ごされましたか?

2014年末に行われたイケベPlayers Lab『レッド・ツェッペリン大研究』Vol.1 | イベントレポートはこちらから!>>

 

年越しはラスヴェガス”カジノ”の巨大なロックコンサート

僕は年末の帰国でイケベPlayers Lab『レッド・ツェッペリン大研究』Vol.1、翌日のクロコダイルライヴと楽しかったイベントを終えた翌日にはアメリカに戻り、余韻に浸る間もなく初のアメリカでの年越しをラスヴェガスで迎えました。ニューイヤー・イヴのカウントダウンから日本で言うところの正月三箇日まで4晩ぶっ続けで野外ショウの仕事(といっても一番好きなことではありますが)、今年一年を暗示するような幕開けでした。そんなわけで、今回はアメリカにおけ る“カジノ”というロックコンサートの舞台について、中でもその象徴であるラスヴェガスでの体験を書きたいと思います。

とにかくアメリカの人々は週末を思い切り楽しみ、そこには音楽が欠かせません。前回は自治体などが主催する大規模なロックフェスをご紹介しましたが、カジノもギャンブルだけでなく、音楽を提供する場としても大きなウェイトを占めています。リゾート地はもちろん、各街の中心部から車で1時間くらいのエリアには必ずと言っていいほどカジノがありますが、中でもラスヴェガスはカジノのために砂漠のど真ん中に街を作ってしまったようなところです。

カジノは大抵ホテルとセットになった複合施設で、宿泊しながらエンタテイメントを楽しんだり食事や買い物をして、ギャンブル以外にもその施設内でお金を使って楽しむ仕組みが出来上がっています。だから各カジノはお客にアピールするために、毎週いかに魅力的なエンタテイメントを招聘できるかしのぎを削っています。

数々の伝説的ミュージシャンがステージを飾った”LVH”


2012年に初めてLed Zepagainのメンバーとして渡米したときには、かの有名なラスヴェガス・ヒルトン(現在の名称はLVH)で公演がありました。

Led Zepagainのブッキングマネージャー、J.エリオットに連れられて入ったVIPルームには、プレスリーやレイ・チャールズなどかつてここのステージ を飾ったアーティスト達の写真が飾られ、記者会見などでセレブリティの背景としてお馴染みのLVHロゴのバックパネルがありました。

ライヴの会場となるホールも、客席2000名以上、ライティングや音響もコンサート会場そのもので、ホテルの中とは思えない充実ぶり。

バックヤードもバーカウンター付の楽屋が複数、衣装を修繕する専門スタッフが常駐する部屋もあって、メンバーから「洗濯やアイロンとかボタンが取れたとか、預けておけば明日までに直してくれるぜ」と言われて、さすがラスヴェガス、エンタテイメント抜きでは朝が来ないと言われる環境だなと感心しました。

Led Zepagainには「ここはエルヴィス(プレスリー)の使っていた部屋だ」という楽屋が用意されていました。

ラスヴェガスでのカウントダウン・ギグ

そして今回、カウントダウンのギグがあったラスベガスのフレモント・ストリートは、大きなアーケードに覆われたカジノ街の中心にある通りで、ストリートの端と中心のそれぞれに特設ステージが3カ所作られました。Led Zepagainは真ん中の最も人通りの多いステージでの演奏を4夜まかされました。因みに他の二つのステージでは、FAN HALEN(VAN HALEN)、BON FIRE(AC/DC)その他、クイーンやエアロスミスのトリビュートバンドが新年を祝う聴衆を深夜まで沸かせていました。

不思議な事に、演奏中に他のバ ンドの爆音が邪魔になることがなかったのですが、あとで考えてみて3カ所のステージの配置がよく考えられていて、どのステージも他の二つのステージの方向に音を直撃しないように配慮して設置されていたことに気がつきました。ラスベガスは大きな街ですが、このエリアの売りはアーケード内側の天井に映し出される映像やライティング、花火などにまさって一番は夜のディナータイムから始まるトリビュートバンドによるロックショウです。

アーケードの壁面にはLed Zepagainのロゴなどが華やかにプロジェクターで投影されて盛り上げます。出演するバンドには滞在するホテルの提供や、その他あらゆる事に配慮がなされています。終演後の楽器の保管も、24時間セキュリティシステムの整ったステージ裏に保管してもらえるので、終演後は機材を片付けて宿泊先のホテルに帰るだけでOK。翌日も本番前の夕方にセッテイングを済ませてあとは楽屋で待機という具合です。

カウントダウン・ショウ前夜のラスヴェガスは雪でしたが翌日は砂漠の陽射しが戻り、雪は綺麗に溶けていました。ただ、気温は華氏29度(=摂氏 1.6度)とかなり冷え込んでいて、防寒対策で初日の夜はLED ZEPPELINの1970年バース・フェスティバルで有名な衣装、ヘリンボーン柄のロングコートに帽子、中にはロイヤルアルバート・ホール公演で着用していたウールのベストを着て、L.A.のCINEMA SECRETSで購入した付け髭をつけてステージへ上がりました。おかげで4日間で一番冷えたカウントダウンの夜を暖かくしのぐことができました。しかし、ホテルで付け髭を付けて衣装の入ったカートを引いてストリートの端を楽屋へ向かって歩いていたら、本物のホームレスが仲間と思ったのか親指を立ててウインクしてきました(笑)

フレモント・ストリートの通りを途切れることなく右に左に歩く人々が、お酒や飲み物を手にしてバンドのギグを夜通し楽しんでまわるという光景をみていて、やはり日本でもこのような音楽環境があったら、もっと音楽を楽しめるのになと思いました。このような場では基本、オリジナルの音楽やファン層の薄いジャンルのバンドではなく、誰もが知っていて楽しめる名曲の数々を提供するというブッキングサイドのスタンスもオーディエンスのニーズあってこそです。

しかし、ラスヴェガス級のエンタテイメントの本場でステージを務めるには、有名バンドのトリビュートならどんなバンドでもよいわけではありません。演奏力は勿論、お客さんを十分に満足させられるショーマンシップとエンタテイメント性を要求されます。そこは音楽のジャンルにかかわらず、シビアなブッキングマネジャー達の目で見て一定レベルをクリア出来ていないと、ラスヴェガスのステージで演奏するチャンスを得られないのです。

極寒のステージでAC/DCのトリビュートバンドであるBON FIREは本家の持つイメージ通り、上半身裸で2時間のショウをこなしていました。僕のバンドLed Zepagainも、4日間連続で滞在するお客さんがいることを念頭に、毎晩違う演目を用意し、衣装を変えてプレイしました。お客さんの中には僕らの衣装の違いや、プレイスタイルの違いに気がつく人も多かったようで、終演後に楽屋口で待っていて「これまでLED ZEPPELINのトリビュートバンドに大きな期待を持っていなかったけど、初めて君たちのような細かいディテールに拘ったバンドを観ることができてよかった!僕は’77年に本物も見ているんだよ」と、とても喜んで握手や記念写真の撮影を求めてくれたりします。これは続けてきて本当に良かったなと思う瞬間です。

例えお祭り騒ぎの場に見えても、誰も気がつかないと思われるような細かな部分に妥協せず拘ってこそ、トリビュートという本当の意味に近づくことができ、結果厳しいショービジネスの世界で本物のエンタテイメントとして認められるのだと思います。こうして渡米後初めての正月は、まさにアメリカショービジネスの真っ只中で仕事をしながら幕開けとなりました。今年もみなさん、アメリカ人に負けず音楽のある人生を一緒に楽しみましょう!

Jan. 2015
Jimmy SAKURAI

ライヴインフォメーション
ジミー桜井次回来日公演情報!

Jimmy SAKURAI Plays ZEP

○公演日:2015年5月16日(土)
○会場:原宿クロコダイル
○2015年4月16日より指定席予約開始/詳細情報はwww.mrjimmy.jpで順次Upします

【 Jimmy SAKURAI プロフィール 】

比類なき探究心により、レッド・ツェッペリンのギタリスト「ジミー・ペイジ」を完全再現する世界的な第一人者。その完成度の高さはジミー・ペイジ本人にも認められ、2014年には渡米しアメリカの人気トリビュートバンド「LED ZEPAGAIN」に加入。日本でリーダーを務めた ZEPPELINトリビュート・バンドMR.JIMMYでは秋葉原CLUB GOODMANの草創期にレギュラー出演等、池部楽器店とはギタークリニックなどのコラボレーションも数多い。

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